February 14, 2008
見てください。『明日、君がいない』。
命の危機は、交通事故や災害という外的抑圧だけではなく、人の心から大きなエネルギーとして意図せずに出てしまう「自殺願望」も、命の危機の一つとして必ず認識しなくてはならない。しかし、その「自殺願望」は極端に視認性が悪く、普遍性の薄いもので、自他共に認めるのは困難なのだ。さらには誰しもが認めたくないもの。
どこにでもある高校。飛び交う歓声。外は大らかな太陽が燦燦と光を讃えている。
そんな中、ある一室の扉が中から鍵が閉められている。何度叩いても開かないし、中にいるはずの誰かからは応答もない。しばらくして、扉の下から血が流れ出てくる。。。鍵を壊して扉を開くと…。
隣には友達がいる。家に帰れば家族がいる。なのに、この映画に出てくる若者は皆孤独の中で苦しんでいる。苦しんで苦しんで悲鳴をあげても誰も気づいていくれない。誰もこの映画に出てくる若者それぞれのありのままの「姿」を知ってもいない。。。
枠にはめられて、やることなすこと親が否定する。
「まっとうな大人になれ。」
まっとうとはなんだ?大人とはなんだ?
自分の心の叫びと、周りの期待や評価との食い違い。人間とは学習する生き物で、ダメだと言われれば、もうしなくなる。でも、その繰り返しであれば、だんだん余計なことはしなくなる。怒られないことだけをするようになる。自分のいいたいことしたいことを後回しにして、人の期待にあわせたことだけをするようになる。
それは、ただの人形じゃないか。魂のない人形に過ぎない。
親は、大人しく過ごしている子供を見てどう思うんだ。「いい子だわ」なんて思うのだろうか。「この子のことは何でも知っている」なんて思っているのだろうか。
子供はいつまでも天使じゃない。
この映画に出てくる若者たちは、とても優しい。でも、その優しさのせいで自分のありのままの姿を見せることができていない。誰もに迷惑かけたくない、たとえ親であっても…。その反動か、知らずに他人を傷つけてしまっている。そういう状況があって、子供たちは自らの判断で悩みを全部背負っている。でも、それは子供が悪いのではなくて、周りの親や教師がもっと子供目線でのコミュニケーションがなされていないことに大きな問題があると思った。
そして、これは子供だけに言えることではなくて、社会全体で取り組むべきことだと思う。自分の主義主張ばかりを優先化し正当化して、他人などは蹴落として排除してしまう人間。成果主義の名のもとに、格差を作って、コストを効率化しようとする企業。それだけ捉えれば、誰しもが異常であることは分かるが、勝ち組負け組なんていう価値観が生まれている現状で、必ずさっき書いたような人や企業が存在しているのは確かだし、それは同時に弱者を増やしていると思う。
もっと寛容な家庭。もっと子供のありのままを受け止め一人も孤独を感じないようなコミュニティが増えていって欲しい。そして、自殺するという最も悲しい行動をとる人が減っていってほしい。
俺はこの映画を何度か見て、そんなことを強く思った。
この映画を見て、辛い内容なので気分を害する人もいるかもしれない。でも、見て感じて欲しいことがこの映画の中にあります。もうレンタルしているので、この記事を読んで少しでも興味を覚えた人がいるのであれば、是非見て欲しいです。
お願いします。
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この記事へのコメント
そう思わせるレビューです。
dkさんの言葉には感情がありますわ。
自ら命を絶つ、それは何かをやりとげた人に与えられる特権かもしれません。それに自殺なんて言葉は当てはまりませんが。
是非、見てみてください!きっつい内容だけど、すごく奥深い作品です。
自殺に関してはなかなか答えはでない部分がありますね…。ただ、この映画のアプローチは監督が自身の経験をもとに作り上げたもので、その感情や在り方が際立っていて、深く心を揺さぶられました。
TBありがとうございました。
この作品については深い思い入れがあると書いておられましたね、以前。
今回読ませて頂いてそのdkさんの思いが強く伝わってきました。
生きるということは孤独や理不尽に迫り来る他者との闘いなのかも知れないけれど、その闘いからふっと身を寄せられる温かな場所が(誰にでも)あることを祈りたいですね。
コメントありがとうございます☆
>生きるということは孤独や理不尽に迫り来る他者との闘いなのかも知れないけれど、その闘いからふっと身を寄せられる温かな場所が(誰にでも)あることを祈りたいですね。
まさにその通りですね。お亡くなりになった方に「安らかに眠って欲しい」という言葉を願いますが、その逆に生きているということはある意味、天命の闘いではないかと思います。
温かい場所は常にそばにあって欲しいですね。



