May 17, 2008
メキシコで褐色に染まった心が訴えかけてくるもの。『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』。
そんなトミー・リー・ジョーンズが監督した作品が『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』なのである。
なんだか長ったらしくて、禅問答的なものも感じるタイトルで、じゃっかんの胡散臭さも感じていたけれど、どうしてどうして、深く染み入るいい映画なんだ。
不法入国していたメキシコ人・メルキアデスと不意に出会い、ひと目で彼を気に入り、自分の牧場で一緒に働いていた地主のピート。ピートは自分の牧場で雇い主としてメルキアデスを雇っていたわけだけれど、彼の広い心やシャイな姿にすごく好感を覚えていた。友人として尊敬していた。そんなメルキアデスが殺される。
ピートは居た堪れない悲しみに陥り、全く予想がつかない行動をとる。
犯人を見つけ出し、そしてメルキアデスの墓から彼の亡骸を掘り起こしてしまう。そして亡骸を馬に乗せもう一人の客人とある旅にでる…。ピートはどこに行くのか、、、客人は最後にはどうなるのか。。。
この映画の特筆すべきところは、繊細にそして立体的に事件の深淵の姿を描いている点。
ピートが住む静かなメキシコに近い町、気だるいカフェ、延々と広がる荒野、のんきでのさばる保安官。。。そういう怠惰な環境が淡々と描かれている。その映画的光景は、直接ピートの行動に関係づいてくるものではないけれど、確実にこの映画に漂っている独特の空気を示していて、それがクライマックスに近づくにつれパズルのように一つ一つ集まっていく感覚がある。そういう崇高な映画の技を感じたのは久しぶり。
そして、栄誉も金も信頼も失ってしまうような静かな心の旅の彼方にピートが得た「安堵感」に、俺はすごく心打たれてしまった。
言葉の一つ一つ、そして表情の一つ一つが、命に根源的で神秘的だった。はっきり何がどうこう書くことはできないが(俺の文章力の乏しさでw)、ラストでピートが眺めた荒野にはきっと一つの満足感があって、それが全身を支配してたんじゃないだろうか。
現代社会は、理路整然と、経済的な法的な秩序が人間たちを守ってくれていることはとてもありがたく嬉しいことだと思うけれど、でも人間はひょっとするとそんな管理社会の中で心のままに動いていないのかもれしれない。すごく表現は難しいが、愛しいものを人生の全部をかけて敬い、守るということは、時には社会の枠を超えてしまうのかもしれない。それがいいとか悪いとかではなく、命と命の関係の中ではそれは特別変わった事ではない。。。そんなことをこの映画を見て感じた。
あー、すごい映画に出会ってしまった。。。トミーが言わんとする境地とメキシコ周辺の独特の怠惰な雰囲気を感じて、映画って本当にいいもんだと思ってしまったー。
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